ゲイ風俗時代、「クソ客」よりつらかった客
ゲイ同士だから分かり合える反面、ゲイ同士だから分かり過ぎてしまう孤独について。
僕がゲイ・バイ男性向け風俗店(通称・売り専)でキャストとして働いていたのは、だいぶ前の話だ。当時のことをまるで現在進行形の話かのように語るのは現役で働いている人たちに失礼だし、現状がどうなっているのかを僕は知らない。
ただ、LGBTにまつわるニュースを見聞きするたび、ふと思い出すことがある。ここでそれをしたためたい。
ゲイ風俗における「クソ客」の存在
売り専で働いていた頃、態度が横柄だったりプレイが暴力的だったりする客がたまにいて、密室にて自分の体ひとつで接客する立場としては、心を削られることもあった。また、同性同士だということもあって大抵の客は自分とそこまで体格差がなかったが、ごくまれに圧倒的に体が大きい客が来ることもあり、そういう人が自分の上に乗っかってくると、いとも簡単に体の自由が奪われるのだということを知った。たとえ暴力的な人ではなかったとしても、だ。
それでも、一般的な風俗店でキャストとして働いていた女性たちに話を聞くと、たちの悪い客の割合にずいぶんと差があるように感じた。いわゆる「クソ客」と呼ばれるような、暴力的な客と遭遇することが珍しくなかったと彼女たちは語る。
僕の場合、これはあくまで個人の感想だが、売り専にいたときは「クソ客」はごく少数だった。売り専は客もキャストも男性なので、一般風俗の客がキャストに向ける女性蔑視のような差別感情や関係性が生まれにくいという側面があるだろう。それでもセックスワーカーに対する偏見や蔑視は同性同士でも感じることはあったが、双方の体の大きさや筋力に大差がない場合、肉体的な暴力という形になりづらい傾向があるかもしれない。
また、僕が働いていた売り専で良客が比較的多かったのは、マイノリティ向けの風俗店だからという理由も考えられる。これは売り専に限った話ではないと思うが、客が社会的マイノリティになればなるほど、その性的サービスにおける救済の度合いは強くなる。
「売り専」という救済
僕には中年以上のお客さんが多かったのだが、ゲイということをずっと隠して生きてきた人が多数派だった。だから、彼らが自身のセクシュアリティに嘘をつかず、ありのままでいられる唯一の場所が売り専だったのである。
「ずっと自分をおかしいと思っていた」
「絶対に誰にも言えない」
「他に話せる人がいない」
そういった言葉を吐露する彼らはみんな優しかったし、同じセクシュアルマイノリティとして分かり合える部分もあったからこそ、しっかり喜んでもらいたいと思った。しかし同時に、彼らと過ごすのはとてもつらくなることでもあったのだ。ときには「クソ客」と過ごすよりも。
結婚して子供にも恵まれ、その子供も成人になるまで育て上げ、良き夫・父親でいたが、本当はずっと同性が好きだったことに蓋をしてきた人。
周囲の目があるので誰にも決して自分のことは話さず、東京にやって来たときだけ店に立ち寄って素の自分になる地方在住の人。
友達もパートナーもおらず、家族とも交流がないと語るが、キャストの前ではひょうきんで優しい姿を見せてくれる人。
彼らに抱きしめられるたび、孤独が全身を伝っていくような気分になった。ゲイであるがゆえに何かを諦めざるを得なかったり、諦めることがデフォルトになってしまって、もはや何を諦めたのかすら分からなくなっているかのように見えてしまって。
当時の僕は将来のことも明日のことすらも考えず、ひたすら友達と享楽的に過ごしていたが、この社会でゲイとして生きることに対し、漠然とした先の見えない恐怖を抱いていた。だから、彼らから感じた孤独というのは、僕自身の孤独でもあったのだ。
いつか自分も中年ゲイになるということ
「こんな俺の相手をしてくれてありがとう」
そういう風に言われることも多々あった。あぁ可哀想なおじさんだな、と笑うことができればいっそ楽だったかもしれない。
だけど若さを失い、やがて僕が中年のゲイになったときに、自分自身がその嘲笑に復讐されるだろうと思った。あの優しいお客さんたちは、10年後、20年後の僕の姿だったかもしれないのだから。
暴力的な客からひどい態度や言葉を投げつけられるのも苦痛だったし、自分の方が非力だった場合、それは肉体的な痛みをともなう可能性だってある。その危険性を軽視するつもりは一切ないが、その上で、優しいお客さんの姿に自分自身を見いだしてしまう方が僕にはずっとしんどく感じられた。生きるって小さな絶望の繰り返しだな、と。命を脅かす暴力や差別などによって死にさえしなければ、理想と現実の折り合いをつけて小さく生きていくこともできるのだろうけども。
きっとあの頃、僕の心はゆるやかに死へ向かっていた。
30代後半、現在のゲイライフ
今年で売り専を辞めてから11年が経つ。現役の頃は30歳を過ぎたらゲイには楽しいことなんて何ひとつないと思っていたし、歳をとることにひどく怯えていたが、30代後半になった今、恋人はいないし仕事でうんざりすることもあるものの、わりと楽しいゲイライフを送っている。
むしろ歳を重ねるごとに、かつて抱いていた孤独の感覚を思い出せなくなっている自分に気づく。きっとそれは僕個人にとっては良いことなのだろう。
でも、同性愛者であることに引け目を感じずにいられる世界で生まれ育っていたらどんな人生を歩いていただろうか、と想像することがある。もしかしたら結局は享楽的になったり、今と同じように結婚やパートナーシップとも縁がなく、なんとなく流されるがまま生きていたかもしれない。
ただ性的マイノリティの存在がきちんと可視化され、マジョリティと同じ権利を持ち、マイノリティだからといって何かを諦める必要のない世界だったら、心のあり方は違っていたんじゃないかと思う。それには例えば、政治や社会が差別にはっきりとNOを突きつける姿勢だったり、もしくは結婚という制度だったり、いろいろな方法があるだろう。
もちろん孤独を背負っているのは誰だって同じだ。だけど自分で選んだ孤独ではなく、あらかじめ用意されていた孤独になんて責任を持てない。選択肢がある状態と、ない状態ではまるで違うのだから。
時間が経つにつれ、あれだけ生きづらいと感じていた社会にいつの間にか自分が馴染み、多少の息苦しさも己の技量で乗り切れるようになってきた。だから、LGBTに対する差別的な内容や出来事を含んだ報道が流れてくると胸がちくりと痛む反面、それに比例して自分のちっぽけさを感じ、もう何かを発信することなんてやめてしまおうかなと思うこともある。
でも諦めに手を伸ばすと、かつて接したお客さんたちの姿が浮かんでくる。何かに期待することをやめたような表情や、力なく笑っている顔が。
そのたびに、諦めるのはやめようと心の中で小さく言い聞かす。あのお客さんたちの姿は紛れもない僕自身の姿であり、あのときの「僕」は今も日常の何気ない場面や、社会のいたるところで息を潜め続けているのだから。
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