AVみたいなSEXをする男性と出会って
同い年の男性同士で、なおかつゲイ同士という力関係や偏見が生まれにくい関係でも、SEXのポジションが違うと目の前の相手よりAVの神話を信じてしまう人がいるのだという発見に関する覚え書きである。
これは今年、ゲイ・バイ男性向けマッチングアプリで知り合った人について綴った記事だ。その人はAVみたいなSEXをする男性で、彼への不快感や疑問、そしてそれに対する自分なりの答えを忘れないうちに記しておこうと思った。話が話なので性描写も多く、人によっては具合が悪くなる可能性もあるので、読み進んでいく場合はそのあたりを念頭に置いていただきたい。
彼は理想の男性だった──SEXするまでは
その人は僕とほぼ同い年、背丈も同じくらいで、顔や体型はめちゃくちゃ僕のタイプだった。理想の条件を1から10まで書き出し、それを形にしたら正にこういう感じになるだろうなぁというのが彼と初めて会ったときの感想である。
それに加え、顔にあらわれる柔和な表情や言葉遣いからは優しさを感じたし、初対面で互いに探り探りではあったものの会話のキャッチボールもはずんだ。そうした中でもっとこの人を深く知りたいと思うようになり、それからまたすぐに二回目のデートの約束をした。ほどなくして僕たちはSEXをしたわけなのだが、問題はそこで起こった。
彼はAVの受け売りみたいなSEXをする人だったのだ。それはもうびっくりするくらいに。
ちなみに彼とのSEXは僕がネコ(挿入される側)で、彼がタチ(挿入する側)という前提で始まったのだが、まず前戯の時点で早くもほんのりと違和感を抱いた。自然な流れで僕が彼にフェラチオをすることになったところまでは良かったものの、彼は僕の頭を抑えた状態でやや強引に口の中へと性器を突っ込んでくるものだから、何度かえずいてしまった。
ただ耐え難いというほどでもなかったので、しばらくそのまま我慢してフェラチオをしていると、次に「美味しい?」と彼から訊かれるという事案が発生する。かつて売り専(ゲイ・バイ男性向け風俗店)で働いていた頃に客から同じ台詞を何度か言われたっけ……と遠い目になりつつも見上げると、そこには僕好みの美しい顔が。そう、ここまではまだ彼に対するドキドキの方が違和感を上回っていたのである。
それからイチャイチャしつつ、やがて挿入へと至ると、今度はちょっと無理のある体位で攻めてくるものだから体に痛みを感じ始めた。高く腰を上げさせるとか足を押さえつけるとか、そのどれもがAVでよく見かける体位であり、なおかつ動きも荒々しくて激しいだけだったので段々とゲンナリしてきていたのだが、追い討ちをかけるように彼が発した「気持ち良いんだろ」「欲しいんだろ」という言葉にトドメを刺された。
ダメだ、こいつのSEXはAVの真似事だ。そう思ったら、あれだけ魅力を感じていた彼の顔も体も単なる肉物体にしか見れなくなってしまい、それからは全く何も感じず、最後まで気持ち良さそうにしている演技に終始した。
AVをSEXの教科書として捉えることの弊害
不思議なのは、彼はSEXが終わると普段の優しいジェントルマンに戻るということ。特にサディスティックというわけでもなく、コミュニケーションもきちんと取れ、気遣いもできる。また会いたいとも言ってきた。なのに、SEXのときだけ相手の肉体をモノのように扱うのだ。それは恐らく彼がAVをSEXの教科書として捉えているからなのではないか。つまり彼の場合、相手に加害しようという意思や欲望を持っているわけではなく、AVでのプレイをそのまま真似すれば相手も気持ちよくなると信じていて、むしろ善意すら持っているように感じた。
だから僕の方から「これはやめてほしい」「こうしてほしい」と伝え、やんわり軌道修正すれば加害的なSEXをやめる可能性もあっただろう。すごいテクニックを求めているわけではなく、こちらの体の状態を無視して一方的に進めるのをやめてほしいだけだったので。でも性行為の真っ最中だとなかなか言いづらいし、そのまま終わってしまえば言う機会もない。なぜなら、そんな人とはもう二度とSEXなんかしないからだ。
僕は今まで、AVのようなSEXを一方的にしたがる人というのは相手の気持ちを思いやる想像力やコミュニケーション能力が絶望的に欠如した人間なのだと考えていた。そこには偏見や思い込みも交じっていたかもしれないが、実際に売り専で働いていた頃のことやプライベートで会ったいろいろな人のことを思い返すと、そういう傾向はかなりあった。だからまさか気遣いができて、楽しい会話で盛り上がれるような人がそういうSEXをするとは思ってもいなかったのだ。
そもそも、AVで行われている性行為は人から観られることを前提として行われている「娯楽」であり、言ってみれば「ショー」である。かつてハプニングバーに行った際、部屋の奥でSEXをしている男女を観たことがあるが、その際に抱いた感想は、うわぁ他人のSEXって見ても全然面白くねぇなというものだった。それもそのはず、娯楽性のないSEXなんて二つの肉体が重なり合ってごそごそしているだけなのだから。
ポルノやフィクションの表現と加害性
思い返してみると僕自身、売り専ではフェラチオをする際に音を立てて深くまでくわえるとかフェラチオをしながら相手の乳首に両手で刺激を加えるとか、それはもう実に娯楽性豊かなプレイをしていた。だからといって私生活のSEXでそういうことをするかといったら、そんな技巧や忍耐を必要とするプレイなんてそうそうしない。だからそういう「ショー」を現実のSEXのデフォルトだと勘違いし、それを相手に求める行為は非常に加害性をはらんでいると思うのだ。
実際に、ポルノやフィクションなどに影響を受けたと思われる加害・ハラスメントを何度か目にしたこともある。
SMバーに出入りしていた頃は、M男性に対して「女王様と呼びなさい」などと言って一方的にサディスティックな行為をする勘違いS女性を何度か目撃した。メディアでよく目にするステレオタイプの女王様像をなぞっているように見えた。それに対してM男性もバーの空気を読んで我慢をしているのが伝わってきたのだが、ああいうシチュエーションでNOとなかなか言えない気持ちもわかる。
また、BLや海外ドラマなど様々なメディアで仕入れたのであろうフィクションのゲイ像を押し付けてくる人もいた。僕はある程度仲良くなったら相手からSEXのポジションを訊かれもあまり気にしないのだが(僕の場合、こういうことを訊いてくる人は女性の方が多く、男性はそこまで興味を示してこなかった)、ネコもタチもするリバだと答えると、「で、本当はどっちなの?」みたいな反応を示されることが少なくない。ゲイは絶対にネコかタチのどちらかを選ぶと信じているのだろう。当たり前だがそんなことはないし、挿入を伴わないSEXを好む人だってたくさんいる。
ただ、そのぐらいなら僕も多少は笑って対応できるのだが、ゲイに対しては何でも話せて、自身の下品な部分も全て見せていいんだと思い込んでいる人も女性のごく一部にはいて、過剰なスキンシップや露悪的な行動をされると面食らってしまう。自身が性的な目で見られないことに安心感を抱くというのはわかるが、バーで知り合ったばかりの女性から笑いながら「血尿が出たから見に来て」と言われ、トイレまで引っ張っていかれたときは、一体何がしたいんだろうと思った。これは極端な例であるものの、ゲイ相手だと露悪的になる女性は一人二人ではなかった。
「娯楽」を「凶器」にしないように
ここまで書いてきたのは男性から男性、もしくは女性から男性に対するフィクションの押し付け例であるが、男性から女性に対して行われているパターンも当然あるだろうし、それは僕が見てきた事例の比にならないぐらい多いであろうことは想像がつく。さらに言えば、男女の体格差だったり、異性愛者の男性向けのポルノがここまで市民権を得ていたりする事実を鑑みると、その加害性も高まりやすいのではないか。
しかしながら、これは決してAVやポルノの類いを今すぐ失くすべきだという話ではない。僕だってゲイポルノは好きで観ているし、ぐちゃぐちゃにエロいBLも大好物である。その上で、同じゲイ男性同士でもSEXのポジションが違うだけでここまでフィクションを相手に押しつけ得るという事実を目の当たりにし、ポルノをそのままSEXの教科書にしてしまうことの危険性や、両者の間にある力関係によっては暴力になり得る可能性について改めて言及したいと思ったのだ。
「娯楽」を「娯楽」のままで楽しめるのなら良くても、受け取り方によってその「娯楽」は人を傷つける「凶器」になってしまう。それをこのニュースレターで今一度伝えたいと同時に、自分自身にも言い聞かせたい。僕がその「凶器」を振るう立場になる可能性だってきっとあるだろうから。
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